新聞ニュース記事に関する日記

ある会社の経営者です。主に、大手新聞各紙のニュース、論説の比較をしていくつもりです。よろしくお願いします!

新聞の論説欄は必要なのかとも感じる

どんな新聞でも論説欄があり、記者の意見なり考え方などがいろいろに紹介されるようになっています。記事によってはなかなか面白い論説もあり、興味深く読めることもあるのですが、新聞などで論説は必要なのかということも時々考えてしまいます。というのは、新聞は意見を述べるところなのか、事実を報道するものなのかということがあるからです。


最近は新聞は事実を報道するのが当たり前のような感じになっているのですが、報道ということを考えると事実だけを報道するのであれば論説のようなものは要らないということになります。というのは、論説によって視聴者の考え方というものが影響を受けることになるからです。記事がこの考え方は正しいというようなことが書いてあると、その考え方が正しいのだというように視聴者は影響を受けることになります。つまり、その記者の考え方に同意をすることになるのです。


新聞を読んでいると、こうした記者の考え方がさまざまなところで出てくることもあります。例えば保育士が不足しているという記事があった時に、保育士の育成が急務であるなどと記事に書かれていたりします。すると、保育士を急いで育成すべきだという記者の意見がここで書かれていることになります。これを読んだ視聴者は保育士を早く育成すべきだという意見を持つことになる人が多いでしょう。これは明らかにこの記事の影響を受けているのです。保育士が不足しているという現実は現実としてあるのですが、これがすぐに保育士の育成の必要性と直結させてよいのかどうかはわかりません。他にも不足しているものは数多くあり、保育士だけに注目して良いのかどうかは一つの事だけを見ても判断が出来ないことのはずです。ですが、記事を読んだ人の多くはこの記者の意見に賛同する人が多くなることは目に見えています。何しろ目の前で保育士が不足しているという記事を読んでいるわけですから。


このような意見を記者が述べるべきなのかどうかということは、かなり難しい問題ではあります。今でもこの新聞の意見によって多くの人が扇動されるようなことがよくおきています。新聞社は事実を述べて表現の自由を駆使しただけで、扇動したようなことはないというのが今の新聞社の見解ですが、これが扇動ではないのかどうかは難しいところがあります。新聞のような報道が自分の意見を述べるということは、それだけの影響力があるということですから、いかに表現の自由があってもそれを行っていいのかという気もしないではありません。