新聞ニュース記事に関する日記

ある会社の経営者です。主に、大手新聞各紙のニュース、論説の比較をしていくつもりです。よろしくお願いします!

新聞の論説を読み比べると、新しい発見があります

現代の社会は、何をするにしても非常に便利な世の中だと言う事が出来ます。普段の日常生活を見渡しても、飛行機や新幹線など、数十年前は考えられなかった交通網の発達のお蔭で、日本中は元より世界中を飛び回ることも簡単に出来ます。家事にしても便利な家電製品で溢れ、大抵の家事はスイッチを押すだけで事足りる世の中です。更にインターネットに代表される情報網の発達は、生活を劇的に変えたと言っても過言ではありません。パソコンやスマートフォンを開くだけで、インターネット上で買い物をすることも出来ますし、旅行やコンサートチケットの予約、税金の申告まで出来る時代です。もはなインターネットが無い、使えない生活など考えられない、という人は非常に多いのではないでしょうか。加えてインターネット上では最新ニュースまで確認することが可能です。パソコンやスマートフォンさえあれば、新聞など無くても一向に構わないと感じる人は増えています。それでも、どんなにインターネットが発達しても新聞が無くなることは無いと断言することが出来ます。新聞は社会、生活、政治経済、スポーツ、国際情報、ありとあらゆる情報の宝庫です。インターネット上でもそうしたニュースはチェックできると反論する人もいるかもしれませんが、こうしたあらゆるジャンルのニュース全てをインターネット上で確認するのは至難の業です。インターネット上で確認するニュースと言っても、自分が興味があるものがせいぜいでしょう。そうなると、どうしても知っているニュースや知識に偏りが出てしまいます。新聞にはそうした偏りなくあらゆるジャンルのニュースを得ることが出来ます。しかも各紙ごとに、特色ある論説があります。それが最大の魅力と言っても良いでしょう。同じニュースを扱っているはずなのに、その扱いの大きさや加えてある解説や見解が、各紙ごとに異なることに驚かされることも少なくありません。たまに家で購読していない他の新聞を読んでみると驚くという経験を持つ人は多いでしょう。多様な論説が存在することで、同じニュースでも多様な見解があることを考えさせられます。そして何が正しいのか、世の中で何が起こっているのか、自分で考えることにも繋がって行きます。インターネットのニュースを拾い読みしているだけでは絶対にそうした考えには至りません。図書館を訪れた際にでも、複数の論説に目を通してみましょう。きっと新しい発見と驚きがあるはずです。

泥沼化を見せるお家問題3

皆さんこんにちは!!
・・・さてさて、前回は、「ロッテ」の創始者である重光武雄氏のバックグラウンドを掘り下げ、武雄氏のパワフルな半生から企業自体の魅力について考えてみが、今回から再度「お家問題」について言及してみようかと私は思っています!

唐突ですが、皆さん、「コンプライアンス」という言葉をご存知ですか?英語では「Compliance」と書き、「法令や規則に従う様子」を意味していますが、日本国内では基本的に「ビジネスコンプライアンス」と称し、社員一人ひとりが積極的に厳守すべき「企業倫理」として、よく企業の公式サイトの概要ページに記載されています。

何故、いきなりこのような話から始めたのかというと、現在ロッテのコンプライアンスに大きな疑問が投げかけられているからです。2016年、日本法人ロッテは「コンプライアンス委員会」を立ち上げました。この委員会では外部から専門家を招いたということで、想像するに、今回のお家騒動の責任を根本から検討する目的で、客観的な意見を取り入れることにしたのだろうと個人的に思います。では、以上の試みは果たして成功を収めたのでしょうか?

まず、答えから申し上げると、「否」です。
今回の委員会発足について、一番期待を寄せていたのは宏之氏かもしれません。が、今年6月に開催された株主総会にて、宏之氏が委員会の成果を問いただしたところ、昭夫氏が引き起こした不祥事に関する諮問が全く行われなかったことが判明。
多分、当初の宏之氏には、「今回の騒動の問題を客観的に検討することで、弟の不正を“企業内の法律”を駆使して裁こう」という目的があったのではと私は考えます。確かに、以上の方法なら、昭夫氏にとって一番身近な人間たちの手で彼を更生させることが可能でしょう。しかし、事実上委員会は機能しておらず、そして驚くことに、4月に横領・収賄の罪で在宅起訴された昭夫氏にいたっては、なんと、獄中経営を思案中とのこと・・・・!!!

ここまでくると、ちょっと笑ってしまいそうになりますが・・・(笑)、が、宏之氏にすれば、企業の立て直しの責任が肩にのしかかるだけではなく、「獄中経営」という、日本では有り得ないアイディアを実行に移そうとしている弟さんのことも大きな悩みの種でしょうね。
今回、昭夫氏の不祥事が明るみに出なかったことで、歴史ある大企業のコンプライアンスの低さが露呈してしまう結果となった。正直、「犯罪者になってでも利益を得たい弟氏」にはツッコミを入れたいところだが(笑)、でもだからこそ、今後ロッテがどのように新たなコンプライアンスをつくり、立て直しを図るのか、非常に楽しみだと私は思いますね!!

新聞から得られるニュースの今後について

個々の記事の報道のされ方や記事の内容は各社大差がないものの、特定の記事においての掘り下げの深さ、取り扱いには各社様々に違いがあるようです。その差は新聞においては論説などにより、明度が極端に表れる場合もあり、各社が一様な方向ではなく、多方面からの意見や分析を踏まえた報道姿勢がうかがえます。テレビなどでは紙媒体と比べてニュースはほぼリアルタイムで報じられ、事件や出来事の速報性が重視されていています。新聞や雑誌には速報性はないものの、多方面からの関連記事や専門家による解説や分析を得て、当面の話題性のある記事の途中経過および結果として報道します。災害時や有事などにおいては、テレビニュースの速報性はさらに効果があり、リアルタイムで災害時における現場や事件の状況を瞬時に視聴者に届けることができます。現在ではインターネットの普及によって、その日の出来事や事件事故の情報の速報性がさらに高まってきました。ニュース配信は報道各社だけでなく、一般からの情報発信も増えてきていて、若者を中心にSNSでニュースや話題は拡散され、事件事故も場合によっては一般の投稿者からの映像が公開されることも増えてきて、話題によっては動画により事件の一部始終が公開されている場合もあります。情報の検索は一般的には検索サイトを用いてキーワードで自分の知りたい情報を探しますが、最近では若者を中心にSNSからの情報を収集が増えてきています。最近ではいろいろな端末でインターネットが利用できることもあって、場所を選ばずに好きな時に情報を収集することができるために、今後のインターネット配信の発達によっては、紙媒体に変わるメディアに発展する可能性もあります。実際に書籍を中心に雑誌なども一部は電子化されてすでに販売されており、情報量も安価で端末も選ばないことから、新聞をはじめ各種メディアも、インターネットを中心とした情報発信が中心となることも遠い未来の話ではなくなるでしょう。インターネットという開かれた環境において、閲覧者が求める情報は細分化されて複雑になってきています。今後どの分野においても記事の発信や情報伝達の中心は、大手の報道機関が担うかもしれませんが、情報発信に絞れば、一般の投稿者から得られるリアルでマニアックな情報を利用する人は、今後も増えてきます。SNSを中心に今後インターネットがさらに広がり続けることで、新聞やニュースの報道体制も大きく様変わりしてくはずです。

新聞で様々なニュースについて考えよう

現代は情報媒体が非常に発達している社会です。テレビはもちろん、インターネット上でも気軽にあらゆる情報を得られるようになりました。テレビ離れが進んでいると話題になるほど、情報を得る媒体としてインターネットは大きな位置を占めています。インターネットでは自分が調べたい情報はもちろん、天気やニュースまで簡単に確認することが出来ます。それではインターネット以外の情報媒体は衰退していく一方なのでしょうか。確かにテレビでさえ視聴率が振るわない現代です。新聞などはすぐに廃刊になってしまうのでしょうか。テレビと同じように購読者数の減少に悩まされているのが現実です。だからと言って将来なくなってしまうということは考えられません。インターネット上でも確かに最新のニュースは確認出来ます。けれど、政治、経済、スポーツ、国際など、全てのニュースに目を通すことはないでしょう。せいぜい自分の興味があるニュースを確認して終わり、というくらいのはずです。新聞はそうではありません。それこそ一度開けば、政治、経済、スポーツ、国際、加えて地域の情報など、あらゆる情報が得られます。しかもそのニュースに対する見解も書いてあり、より分かりやすくニュースに触れる事が出来ます。更に各紙の論説を読む事で同じニュースでも全く見解が違う事が多々あり、世の中には多様な考え方があるのだという事を具現化しているとも言えます。毎日同じ新聞を読んでいると、その論説が世の中の大多数の意見であり、正しいものだと思いがちです。ですがたまには違う論説に触れてみましょう。何も毎日図書館に通ったりする必要はありません。週に一度、月に一度でも良いので、図書館ででも複数の新聞を読んでみて下さい。今まで自分が正しいと思っていた考えまで覆されそうな気持になることも珍しくありません。何が正しいのか、どう行動することが良いのか、考えさせてくれる契機にもなります。自分の考えをしっかり持つ為にも必要なことです。インターネットのニュースを確認するだけではそういうことには繋がらないでしょう。ニュースを確認した後、その情報すらすぐ忘れてしまうというのが現状ではないでしょうか。ニュースについて様々な事を考えさせてくれるのが新聞の良いところです。もし読む習慣が無いと言う人がいたらぜひ読みましょう。毎日でなくても週に一度でも二度でも良いのです。きっと自分で物事を考える良い習慣がつくはずです。

新聞はいくつも読んでみよう

いろいろな新聞がありますが、多くの人は決まったものしか読んでいないのではないでしょうか。ニュースの本質を知ろうと思ったら、意見が偏らないようにしましょう。同じ会社ばかりではなく、考え方の違う会社の意見も頭に入れた方が自分で考える力が身に付きます。

最近では、似たような論評のニュースもあります。できれば、違う論評を探してみてください。必ずどんな事件などには違う論評があるはずだからです。ずっと同じ会社の新聞だけを読んでいたり、テレビを見ていませんか。全く違う考え方の人の論評を目にすると、こう言う考え方があったのかと驚くかもしれません。

しかし、ここで驚くだけではなくその意見に対してどう思うのかが大事です。こう言う考え方は良くないと思うのか、こちらの方が正しいと思うのか。一つの事件などであっても違った見方ができるので頭をフルに働かせてみてください。これまで自分が慣れ親しんだ考え方とは違うからと言って、そこで大嫌いになるのではなく、冷静に分析してみましょう。よく考えてみると、慣れ親しんだ考え方よりも正しいのではないかと思うことだってあります。

テレビは比較的同じような論調が多いので、特に気を付けて見ましょう。どこも同じ論調だから、これが正しい考え方だと思うかもしれません。しかし、本当にそれで良いのでしょうか。探してみると、違った論調の新聞が見つかるかもしれません。違う論調を見たら、ラッキーだと思ってください。自分で考える力を付ける良い機会だからです。

このように、いろいろな考え方に接し続けていくと、自然と自分で冷静に判断する力が身につきます。ニュースの本質を知るだけではありません。必ず生きていく上で役に立ちます。大きな判断をしなくてはならない時に、冷静に判断できるようになるでしょう。人に相談する時も、相談した相手の意見に従うだけではなく、自分で本当に良い選択は何かを考えられるので、大きな選択で正しい道へと進むことができるはずです。

新聞やテレビのニュースを見て、自分で考えずに一つの論調を鵜呑みにしないように気を付けてください。いろいろな考え方の人がいるはずですから、周りの人と政治や世界情勢など幅広い分野で話し合ってみましょう。それぞれ違う媒体から得た情報であれば最高の議論がきっとできるはずです。考える力を付ければ、洗脳されることもないですし、周りに左右されなくて済むので自分に自信が付くでしょう。

新聞各紙の論説を比較すると面白い

新聞各紙のメインの話題はどれを見てもほとんどが似たようなものになっていますが、違いが出ているのが論説のところです。ここを見ると各新聞の考え方や見方がより顕著に出てくるので、新聞各紙の論説を比較しながら記事を読み進めていると、いろいろなことが分かるようになるので面白いところです。

ものごとが一面だけの味方だけではなく多面的に見ることが出来るようになるともいえるでしょう。自分の思考力をつけるという意味でもこれは使えることになります。何しろ同じような記事を扱っているにも関わらずに、新聞各紙は全く違った論説になるわけですから、見方次第で同じニュースも全く違った考え方になるということが分かります。

例えば、安全保障の法律に関する記事でも、その内容について検討がなされるところや、その経緯についての検討がなされるところ、国会議員の考え方についての検討が記載されているところなど新聞各紙によって注目しているところは全く違うことになります。
選挙の報道にしても、当選した当人へのインタビューなどをメインに考えているところもあれば、当選した人が国政に及ぼす影響について考えているところなど、全く考え方が違うことが分かります。

つまり、報道というのは同じニュースを伝えるにしても考え方や見方によって大きく変わることがあるということがこのことからも分かるのです。単に報道だけを見ていると同じようなことか記載されているだけですから、なかなかその中を深く検討していくことは難しいのですが、こうした論説があることで、自分なりの考え方を持つことができるようになっていきます。

ここで、大切なのは自分の見方や考え方を持つということでしょう。論説がこれだけ新聞各紙によって違うということは、どれが正しいとかいうことはないということを意味しているものでもあります。正しいものがないのであれば、自分はどういう意見を持つべきなのかとうことを考える必要も出てくるということになります。他人の意見に左右されるということではなく、情報として多くの情報を収集して、自分の意見を持つようにすることが必要になるのでしょう。

そうした意味では、いろいろな新聞を自分なりに読み解いていくというのは大きな意味があることになるのかもしれません。そうすることで、自分がこれからなすべきことも見えてくるかもしれません。今は情報が溢れている時代ですから自分に必要なものを自分で考えて選択する時代だといえるのではないでしょうか。

新聞各紙は論説を見ることで考え方が分かる

新聞各紙の考え方や主義主張は論説をみることでわかる気がします。記事はどこの新聞各紙も似たようなものが並んでいても、論説が違うので、違う新聞を見る価値があるとも思います。特にこの考えた方の違いというのが、新聞社の考え方を代表しているようなことにもなるので、これをみていくことで、新聞社がといういうスタンスなのかということも分かってくるようになります。
例えば、政府の新しい政策などについても、批判的なのか肯定的なのかということも論説を見ることで分かってきます。

最近では憲法改正などの議論が話題となることも多いのですが、こうした問題についても論説を見ることでその新聞社の考えが分かるのでここがカギといえるかもしれません。改憲に賛成であれば法案の内容や今の憲法の問題点について話題としているようになりますし、反対であれば、なぜ改憲するのかということを懐疑的に記載するようになります。

こうした新聞社の姿勢はいろいろと比較していくことで、物事を多面的に見ることが出来る能力を養うにはもってこいです。人は実はかなり物事は自分本位にしか見ないものです。自分一人しかいないわけですから当然といえば当然ですが、それだと社会ではなかなか通用しません。物事が多面的に見えるようになってきたときに自分の立ち位置なども冷静にみられるようになるということになります。そのためには、新聞各紙の意見や考え方を見ていくことが多いに参考になると考えられます。自分の最終的な考え方は最初から決まっているという場合でも、人によっていろいろな考え方があるということを知ることには大きな意義があります。自分以外の考え方の方が多いということを知ることも多いでしょう。そうした経験が社会生活では最も活きるようなるものでもあります。

人の意見や考え方が自分と違うということを知って行動するのと知らないで行動をするのでは全く意味が違うことになります。人が違う意見かもしれないと分かると、その意見を聞いて、自分の考えを修正していくということも出来るようになりますが、分からないと自分の意見をごり押ししていくことになるからです。当然ごり押しでは今の社会は通用しません。すると、なぜ自分の意見や考え方が通らないのかということで不満に思ったり不平がつのったりすることになります。それでは、ますます物事はうまくいかなくなります。ですが、多くの意見や考え方があることを理解して、自分もそうした考え方の中の一つだと分かれば、それなりの対応も出来るようになるでしょう。