新聞ニュース記事に関する日記

ある会社の経営者です。主に、大手新聞各紙のニュース、論説の比較をしていくつもりです。よろしくお願いします!

読み比べて楽しい新聞各紙の論説記事

テレビやインターネットなどの情報網が発達している現代は、いつでもどこでも誰でも簡単にニュースや情報を手に入れる事が出来るようになりました。

ニュースはインターネット記事で確認するだけ、という人も多いでしょう。
最近はテレビでさえだんだん見る人が減ってきていると言われていますが、新聞となると更にそう言えるでしょう。
新聞はテレビやインターネットが登場する前から、貴重な情報を発信する場として、情報を得る場として重宝されてきました。現代は新聞以外にも豊富な情報を発信する媒体があるため、その存在感が薄れて行ってしまうのも仕方のないことかもしれません。それでもなお、減ったとは言っても大多数の過程では新聞を購読しています。

わざわざ購読する必要があるのかと感じる人もいるかもしれませんが、新聞は一つで自分の身近な地域で起きた出来事から国内の出来事、世界の出来事や経済、スポーツと多種多様なありとあらゆるニュースや情報を知ることが出来ます。
各家庭では購読しているのは大抵一紙のみだと思いますが、新聞各紙の論説はそれぞれ全く違います。いつも慣れ親しんでいる新聞を読み慣れていると、どうしてもその論説が正しく国民の大多数の声なのかと感じてしまいがちですが、たまに違う新聞を読んでみてその違いに驚くという経験をしたことがある人も多いはずです。

まず一面に取り上げているニュースから全く違いますし、その内容もある新聞は肯定的であれば、他紙では批判的ということはよくあります。新聞各紙に触れるだけで、世の中には多様な意見があることを感じる事が出来ます。何が真実なのかということも大事ですが新聞各紙の論説を読んでみると、全てにおいて物事は多面性を持っているという事も分かってきます。ある一方の見方から見るだけでは、ニュースでも何でも本当の事は分からないと気付いてきます。そのことは色んな考え方にも柔軟さを欠いてしまうことにもなります。自分の考えだけが正しいと独善的になってしまうのは一番避けたいところです。そのために、たまには新聞各紙の読み比べをしてみるのが良いでしょう。

各論説の違い、特色が面白いように分かってきます。なぜこんなにも同じニュースを取り上げているのにも関わらず論調が違うのかと考えてみる事も、自分の見識を深めるためには必要です。世の中には色んな立場があり、考えがあるということを端的に表しているのが新聞と言えます。図書館に行く際にでも、色んな新聞に触れてみましょう。きっと面白い発見があるはずです。

泥沼化を見せるお家問題2

皆さんこんばんわ!!

ロッテのお家騒動について、前回は時系列に沿って経緯を書いていったが、そもそも会長である重光武雄氏とは、果たしてどんな人物なのか?もちろん、日本ではガムでお馴染みの「ロッテ」という企業が実際にはどのような存在なのかについても考える必要はあると思うが、そもそも、ロッテを創設した人物について知識を得なければ、根底にあるものがしっかり見えてこないのでは、と私は考える。

 

重光武雄氏は韓国で誕生し、この地で生まれ育ったという。その後日本に移り住み、成長してからの愛読書は『若きウェルテルの悩み』だったそうだ。『若きウェルテルの悩み』というとゲーテの著作だが、ストーリーは若い男性が恋と人生に葛藤する姿を描くという、どの時代においても普遍的な若者の精神を扱ったものである。ウェルテルは親友の許嫁への恋に悩み苦しんだ結果、最後には自ら命を絶つという最悪の結果を選んでしまうが、だからこそ、ひとりの青年がもがく姿はより瑞々しく演出され、当時の武雄氏はここから様々なパワーを得たのではないか?ちなみに、この物語に登場するヒロイン、シャルロッテの名をもじって「ロッテ」と名付けたそう。おもしろい!!

 

さてさて、重光武雄氏のパワフルな生き方は若い頃から既にはじまっている。武雄氏は勉学に励みながら、金属加工に使用する切削油の製造を手掛けていたそうだ。しかし、製造工場が空襲で焼けてしまい、当時武雄氏を信用して資金を提供してくれたにもかかわらず、まったく自分を責めないお爺さんに責任を感じ、返済資金調達のためまた新たな事業をはじめる。

ここには、ロッテの創業者、重光武雄氏ならではの物事に対する真摯な態度が感じ取れるように私は思う。「人に迷惑をかけない」「社員や取引先を大切にする」というモットーを掲げる武雄氏は、きっと若い時分から人を真っ直ぐに思いやることができる性格の持ち主だったのだろう。だから、工場が駄目になってしまったのも、自分のせいではないというのに責任を背負い込み、これ以上恩人であるお爺さんに迷惑をかけないよう行動を起こしたのかもしれない。

新聞各紙の論説が毎日の生活にとても役立っています

新聞各紙に掲載されている論説は、日本で起こっているとくに注目すべき出来事や今後注目すべき出来事について個人によって要約して述べられている場所なので、素早く日本の現状や動きを把握するのに役立っています。


私が高校生の頃、担任の先生から「毎日どんなに忙しくても新聞の論説には出来るだけ目を通すようにしなさい」と言われたことの理由が、ある程度大人になった今、なんとなく理解できます。高校生の頃の私はとくに理由など考えずに、言われるままその通りにしていました。しかし大人になってみると、その時に教わったことが今の生活に非常に役に立っていると感じます。


残業が続いた日の朝などは少しでも長く布団の中に居たいと思ってしまい、ついつい支度に追われてしまって、新聞に目を通すだけの余裕が無くなってしまいます。新聞に書かれている情報は、仕事をしている人間にとって上司との共通の話のネタなどといったコミュニケーションツールの一つですから、これを読まなければその日一日の会話に困ってしまうことになります。しかし、論説にだけでも目を通しておくと、ある程度の会話が出来るのです。


また新聞各紙のそれに目を通すことで、日本に対する自分の見解や起こっている出来事に対する自分の意見を持つことが出来るようになりました。
それぞれの新聞社にそれぞれ論説を担当する人が居て、同じようなテーマに沿って描いていたり全く異なるテーマについて書いていたりと内容はさまざまですが、一つ一つの文章を読んでいると不思議と自分の中にも自分なりの見解や感想・意見が自然に浮かび上がってきます。
個人個人の意見が書かれた部分を一日に数個読むだけで、そこに書かれているテーマとなっている出来事や日本の現状に対して、自分なりの意見や感想が持てるようになったのは、本当に良かったと思っています。


大人になればなるほど自分個人の意見を発することに臆病になってしまって、いつしか自分がどんな意見や感想を持っているのかも分からなくなってしまったり、曖昧にしてしまったりしてしまう場面が多くなるように思いますが、私の場合は新聞各紙に掲載されているそれぞれの個人の意見の影響からか、そのようなことはありません。ですから、上司から「どう思う?」と聞かれた際にも堂々と自分の見解や意見を述べることが出来ます。


論説のおかげで、相手に嫌な印象を与えないような柔らかな意見の述べ方も自然と身に付いているようで、自分の意見を述べたことで上司に不快な思いをさせてしまったこともありません。
高校生の頃に担任の先生から教わり理由もわからず実践していたことの成果が、大人になった今実感できています。

新聞各紙の論説にはかなり違いがある

新聞各紙の論説には、かなり違いがあり、読んで驚くことがあります。

例えば、一つの新聞はそれが左寄りの内容になり、もう一つの新聞は右寄りの内容になります。新聞各紙でこのような違いが出るのは、健全なことです。どの新聞も同じようなことを書いていたら、面白みがありません。新聞は、世の中の人のいろいろな声を代弁しています。保守的な考えの人もいれば、革新的な考えの人もいます。どちらが良いと断言することはできません。多種多様な意見があり、その一つ一つが尊重されるのが、民主主義の基本です。


新聞には、事実を報道する役割もあります。ニュースの報道は、新聞各紙でそれほど異なっていません。ニュースの報道では、客観性が重視されます。不正確な報道をしたら、新聞の役割が台無しになってしまいます。とは言っても、ニュースの報道の仕方が全く同じというわけではありません。ニュースの取り扱いが新聞によって異なっていることもあります。例えば、あるニュースを1面に載せる新聞社があっても、他の新聞社は他の面に載せて、小さな扱いのことがあります。この違いは、その新聞の論説に基づいていることが多いです。


論説には、その新聞の編集方針が反映されています。そのために、新聞全体の内容と似ている場合があります。ほとんどの人が、自分の意見に合った新聞を選びます。それは自然なことで悪くないのですが、自分の考え方とは異なった新聞を読んでみることは、物の見方を広げるために役立ちます。
政府が、新聞各紙の論説に敏感になることがあります。特にそれが、政府を批判する内容だったら、政府は良い顔をしません。

 

しかし、新聞の権力を批判する姿勢は尊重されるべきです。一般の人の力は政府の権力の前には無力ですが、新聞だったら、政府の方針を変える力になり得ます。だから、独裁者が支配している国では、新聞に政府を批判することは書くことはできません。政府は見えない形で、新聞社に圧力をかけます。それに負けてしまい、政府に迎合するような記事を載せることがあります。

このような姿勢は、一時しのぎになるだけです。普通の人は、新聞に公正な報道を期待しています。政府に押し切られて、事実ではないことを書いたり、内容の薄い論説を載せるところは、次第に読者を失っていきます。新聞社は広告による収入を得られますが、それだけでは不十分です。購読する人がいないと、経営に行き詰ってしまいます。新聞は一般の人の声を代弁する大切な働きがあります。

新聞各紙の論説が大いに参考になる

新聞各紙の論説を見ていると大いに参考になることが多いと感じます。
一つの新聞だけを見ていてもなかなか分からないことが新聞各紙の論説を読み比べることで多くの事が分かるようになってきます。
まず同じニュースを報道していても、新聞各紙によって見方や考え方が大きく違うということが分かるようになります。報道だけを見れば当然同じことを報道しているのですが、考え方が違うので、多くの考え方があることが分かります。そして、それらを比較し検討することでより、その報道の中身というものが分かるようになってきます。


例えば保育士の不足を話題としてニュースで保育園に落ちた、日本死ねというようなニュースがありました。ある新聞では保育園や保育士の不足を論説でいうところもあれば、日本死ねとは何事かということを書いているところもありました。同じニュースを見ても見るところは全く違うということがこれだけを見ても分かります。自分などは後者の意見を持っていたのですが、それだけが真実ではないということが分かる気がしました。子供の保育の問題は確かにあることですが、この人が言いたかったのは自分の事だけではないかという気がしたのです。
恐らくこの人は受かっていれば特にこのようなことは言わなかったでしょう。となれば、問題なのはこの人ではないのか、それを世間に向けているだけの責任転嫁ではないのかというのが自分の考え方だったからです。これは自分の中では正しいように思っているわけですが、世間ではそうではないということがわかります。新聞という大きなメディアですら多くの意見があるわけですから、正しい意見というものはないということも分かってくることになります。

正しい、正しくないという考え方ではなく、こうした考え方もあるが自分はどうだろうということで考えていくと、かなり自分の考えを納得させられる気がします。自分の考えの浅はかさを感じることも多いですし、また、逆に何を言っているのだと憤慨させられるようなことも多かったりします。


特に多いのは話のすり替えです。最近ではテロ対策防止法のニュースがありましたが、これで誰でも捕まる監視社会になるという論説もありました。ですが、この法案で一般人を監視するような文言は一言もありません。話をいたずら大げさにしているだけという報道もあるということが分かります。こうした報道に惑わされないようにするためにも、新聞各紙のものを読み込んで自分で考えていくことが大切だと感じています。

新聞各紙を読み比べることによって養われるものとは

恐らく多くの家庭では新聞を購読していると思います。
勧誘に来られたから、知人に勧められたから、などその新聞を購読している理由は各家庭によって様々でしょう。
ほとんどの家庭では新聞は一紙のみの購読でしょうから、長い年月その一紙を読み続ける、というのが一般的によくある状況です。
一紙のみを購読している分には何も思わなかったことでも、図書館などに行った際に目にする新聞各紙の論説の違いに驚いた、という人は少なくないのではないでしょうか。

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新聞各紙の読み比べによるニュースの理解

新聞というものの役割は、新しいニュースを正しく理解するということであると言えるかもしれません。ただ、新聞にも色々な種類がありますから、ほんとうに新しいニュースを正しく理解するためには、新聞各紙を比較して、どの新聞のニュースが正しいのかということまで考えていかなければならないと言えるでしょう。

それでは、新聞各紙をどのように比較していったらよいのかということですが、第一に見出しを比較していくという方法があります。すなわち、多くの人が新聞の記事の内容まで読まずに、見出しを眺めるだけで情報を判断しているということを考えますと、とのような見出しをつけているのかということによって、その新聞の特徴が判ってくるわけです。例えば、同じニュースであっても、時の政府を応援するような立場に立っている新聞なのか、時の政府に批判的な立場をとっている新聞なのかというようなことが、見出しだけからでも判ってくるわけです。

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